発達障害児と自立支援のための片づけ

はじめに

長崎県のHPによると、202241日時点で、長崎県内の15歳未満の子どもの総数は155千人であり、前年度に比べて子どもの数は4千人減少していると報告がなされています。子どもの数が減少傾向にあるという報告がある中、報告の3年前である2019年には、長崎県内で児童発達支援(児童福祉法に基づき、主に未就学の子どもを対象にした、集団及び個別療育をおこなう障害福祉サービスの一つ)を受けている児童は8025人、放課後等デイサービス(就学している障害児に、授業の終了後又は休業日に、生活能力の向上のために必要な訓練、社会との交流の促進、その他の便宜を供与するサービス)を利用している児童は39068人いるという報告がなされています。

 

このデータを単純に受け止めると、約5万人の児童が発達障害、あるいはグレーゾーンの診断を受けており、その数は長崎県内の子どもの3~4人に1人の割合であるということになります。当然、放課後等デイサービスの利用者には15歳から18歳の児童も含まれるため、この数が正確なものではありませんが、ここ長崎県には、発達障害を抱える子どもたちが多く生活していることはあきらかです。

 

 

そして、この5万人近い発達障害を抱えた子ども達が自立し、次代を担う立役者へと成長することができるのであれば、私たちが生活している長崎県の活性化は間違いないといえます。今回は、この発達障害を抱える子どもたちへの自立支援の方法の一つとして、「片づけ」が有用であるという確信のもと、その可能性について考察していきます。

 

 

発達障害とは何なのか

発達障害(Developmental Disorder)とは、発達過程において、通常の成長と比較して著しく異なる発達をする状態を指します。主に言語、コミュニケーション、社会性、注意、認知、感情の領域で障害が生じることが特徴的です。

 

主な発達障害には、以下のようなものがあります。

 

「自閉症スペクトラム障害(ASD)」
社会性およびコミュニケーションスキルの障害や、独自の興味・行動パターンが見られる状態を指します。高機能型自閉症や深刻なコミュニケーションの困難を伴うものもあり、症状の程度や内容は個々に違いがあります。

「注意欠陥多動性障害(ADHD)」
注意力の欠如、衝動性、多動性が特徴で、学業や社交などの日常生活に影響を与えることがあります。
 
「学習障害」
読み書きの困難(ディスレクシア)、計算能力の低下(ディスカルキュリア)、記憶の問題など、特定の学習領域における遅れや障害がみられる状態を指します。

「知的障害」
知能指数が平均よりも著しく低いとされる状態を指します。これにより、日常生活のスキルや社会的な適応に困難が生じることがあります。
 
「発語障害」
言語の発達に問題があり、適切なコミュニケーションが難しい状態を指します。

 

これら発達障害は、診断名は同じでも症状や程度は異なります。発達障害を持っている児童に対しては個々の特性や強みに焦点を当て、適切なサポートやアプローチが提供される必要があります。

 

また、「グレーゾーン」という表現がなされる子どもたちもいます。「グレーゾーン」とは、通常、発達において典型的な範囲から外れるものの、特定の障害の診断基準には完全に該当しない状態を指す言葉です。ある程度の発達の遅れや特性がありながら、特定の発達障害の症状が明確に現れていない場合に使用されます。

 

例えば、

  • 特定の領域での遅れが見られるものの、全体としては発達が一般的な範囲内に収まっている場合
  • 社会的なコミュニケーションに課題や感覚過敏はあるものの、それが自閉症スペクトラム障害(ASD)の診断基準を満たしていない場合
  • 学習において一部での遅れがあるが、全体的な学習能力は一般的な範囲内である場合

などが挙げられます。

 

 

医師や専門家が明確な診断を下すのが難しいため、便宜上グレーゾーンという言葉が使われていますが、グレーゾーンの子どもたちに対しても、適切なサポートや評価が必要であり、早期の介入やサービスが提供されることが重要です。

 

 

片づけと発達障害の親和性

発達障害児に対して、片づけからのアプローチでその特性に合わせ、環境設定やスキルの獲得が可能です。以下、片づけが発達障害のある子どもたちに良い影響を与える例を挙げます。

 

「認知能力の向上」

 モノの整理や片づけは、認知機能を向上させる可能性があります。発達障害のある子どもたちは、物事の整理や計画を立てることが難しい場合があるため、片づけを通じてスキルを向上させることが期待されます。

 

「ルーティンと安心感」

 片づけは、日常的なルーティンを確立し、子どもたちに安心感をもたらす手段となり得ます。発達障害のある子ども達にとって、片づけで環境設定をおこなうことで、行動予測ができるようになり、ルーティンを守り少なるため安心感をもたらす可能性があります。

 

「感覚過敏への対応」

発達障害のある子どもたちの中には、感覚過敏などが見られることがあります。片づけを通じて、刺激や衝動につながる特定の物品を整理し、感覚的な過負荷を軽減することができる場合があります。

 

「自己表現とコミュニケーション」

片づけは、子どもたちが自分のスペースを整理し、自己表現する手段となります。また、家族や支援者とのコミュニケーションの一環として、片づけが機能することがあります。

 

「達成感と自己肯定感」

 

モノを整理し、片づけることで、子どもたちは達成感や自己肯定感を得ることができます。片づけは、発達障害のある子どもたちにとって、視覚的に効果を実感しやすい点が特徴です。

 

 

私の教育実践:発達障害との向き合い方

私が初めて教壇に立ったのは2010年であり、社会一般的に発達障害対する認知が始まった時期でした。しかし、私自身は「言葉だけは知っている」という状態で、実際の理解が追いついておらず、適切なサポート方法を持っていませんでした。

 

ホームルームや授業中には、様々な特性を持つ子どもたちが目立ちました。突然立ちあがり移動する子、私語が絶えない子、忘れ物が多い子、身支度ができない子、常に周囲がごちゃついている子など、その数々の特徴に戸惑いながらも、どのように対応すればいいのか模索していました。時には厳しい口調で叱ることもあり、「甘えている」「たるんでいる」という思いが募っていたのは事実です。

 

こういった中で、私自身が発達障害やグレーゾーンの子ども達に対して、考え方を改めるきっかけとなった印象的な出来事を紹介します。

高校1年生の時、担任を受け持つことになったA君。中学時代には授業中に注意を受けることが多く、成績も厳しかった生徒(発達障害の診断は受けていない)でした。授業中の注意の主だったものは私語が多いこと、注意が散漫なことだったようです。書類上の報告でこの経歴を知った私は、担任を受け持つにあたり、「大変そうだな」という印象を持ちました。しかし、入学後の彼は大変大人しく、物静か。彼に対して特別な問題を感じる場面はなかったため、「心を入れ替えて成長をしたのかな」と思っていました。しかし、授業中は静かにはしているものの、うつむいており、自主的に活動はしません。成績は依然として低迷していたため、面談を通じて彼の心情を探ることにしました。そこで彼は「何をしても怒られるから黙っていることに決めたのだ」と語り、授業を受けるということに対する彼の苦悩を私は初めて理解しました。彼が「授業を耐える」という選択をしていたことに強い衝撃を受け、発達障害の診断がなくても「生きづらさ」を抱える子どもたちに対するサポートの必要性を痛感しましたのです。

 

その後、私は人事異動で不登校の生徒の復学支援に携わるようになりました。この中で、生徒一人ひとりに寄り添った指導の重要性をさらに感じました。また、この時期は、私自身も片づけを活用して業務改善を図りだしていた頃だったため、「片づけが自立支援に有益である」という確認のもと、様々な実践を試みていました。

 

クラス運営における実践例を紹介します。自身のクラス運営において「片づけ」を意識的に取り入れようと決意し、私は週に1度の頻度で、生徒たちに教材の片づけをおこなう時間を設けることにしました。この取り組みを始めた頃は、「片づけができる」生徒と「片づけをしないでぼっーっとしている」生徒の2グループに分かれたのですが、驚くことに、「片づけができる」子たちは学習成績上位者や活動的な生徒が多く、逆に「片づけをしないでぼっーっとしている」子たちには発達障害の診断を受けている子が混ざっていました。

 

 

そして、この片づけることができないグループの観察を続けると、彼らは「片づけをしたくないのではなく、片づけ方がわからないためフリーズしているのだ」と気付きました。そのため、具体的な手順を一人ひとりに丁寧に指示することにしました。すると、徐々に生徒たちは片づけに取り組むようになりました。片づけが効果を発揮したのは、定期考査前でした。テスト勉強に必要なプリントが整理されているため、生徒たちは考査の勉強に前向きになったり、計画を立てられるようになりました。これは、先に挙げた片づけができなかったグループの子たちも同様でした。そのため、考査平均点が他クラスよりも高くなり、全員が考査の点数や過程での評価を上げたため、「片づけ」には自立支援に有用である実感することができました。

 

 

まとめ

 

私は「片づけ」が、学校生活に悩む発達障害児たちに強烈な成功体験をもたらすと信じています。学校生活は勉強だけでなく、部活動や生活面でも評価される場面が多くあります。発達障害を抱えた子どもたちにとって、全方位に注意を払わなければならない学校は、多くの問題に対処することを求められるため、居心地の悪い空間となっていると感じています。

 

片づけの手順はシンプルです。不要なものを捨て、必要なものを収納すれば良いだけです。このプロセスは目に見える成果を生み出し、即座に達成感を味わうことができます。私が出会った発達障害を抱えた子どもたちの中には、生きづらさを抱え、周囲の目を気にしながら生活している様子がありました。こういった状況にある子ども達にとって片づけから得られる成功体験は、自己肯定感の向上に繋がり、自己否定の連続から抜け出す手助けとなります。また、「片づけ」は、そのスキルを身につける過程で、目標達成に向けた計画の立案など、様々な応用が可能です。

 

現在、私は放課後等デイサービスにて働いています。教員をしていた頃よりも一人ひとりにきめ細やかなフォローができるため、様々な療育支援に挑戦しています。その中でも、自閉症スペクトラム障害(ASD)と注意欠陥多動性障害(ADHD)の特性を持った子ども達には「片づけ」によって自立支援のサポートがより効果的であることを実感しています。注意が散漫にならないように環境設定としての「片づけ」、教材の整理などを通して自己肯定感を高めるための「片づけ」など、児童一人ひとりに合わせて片づけ実践をする毎日です。

 

 

学校では、“掃除”の時間は設けられているものの、“片づけ”の時間は設けられていません。そのため、元教師として集団の中での片づけ実践と放課後等デイサービスでの自立支援の一環として実施している片づけ指導を通じて、学校が提供しきれない支援をおこない、発達障害児たちが達成感と自己肯定感を味わい、彼らが望む未来に向けて羽ばたく手助けをしたいと考えています。自分に自信を持つことが、未来を明るく生きる第一歩です。是非、一生もののスキルとして、「片づけ」を学んでほしいと考えています。